horry's camp

634 :名無しさん@涙目です。(埼玉県):2011/09/07(水) 21:07:40.64 ID:n5oJ1zF10


日本の労働時間を短くする方法は簡単だろ。


ミスや事故や商品の不具合を容認すること。


それらを無くすためだけに、膨大な時間と費用がかかってる。

たまに、注文したものと違うものが届いてしまうことがあったり、


中々届かなかったり

たまに、買った商品が不良品だったり、色んな業種でミスを気にしない。


日本は1万件に1個の不具合を無くすために、

とてつもない作業が発生する。


638 :名無しさん@涙目です。(チベット自治区):2011/09/07(水) 21:09:14.84 ID:Z86q0Y9N0
»634

「お客様は神様」とかいう思考が

ますますこの国の労働者を不幸にさせてるよな。


641 :名無しさん@涙目です。(茸):2011/09/07(水) 21:10:17.50 ID:NMUIvmQd0
»634

お客様は神様ってやつか

本来は違う意味なのに曲解してるよな


645 :名無しさん@涙目です。(愛知県):2011/09/07(水) 21:11:26.34 ID:xnwS6Z/U0
»634

なあなあでいいのになあ。

国全体がキチガイ染みてる。


650 :名無しさん@涙目です。(愛知県):2011/09/07(水) 21:12:20.88 ID:bbSg3mo90
»634

それを断る経営者がいないもの。

ていうかどうするかの判断すら決定もせず下に放り投げる

決断に時間をかければかけるほど、「やっぱりやめとくか」になる。
人間は迷う時間が長ければ長いほど、最終的に現状維持を選ぶようにできている。
shibata616:

テレ朝でサクラ疑惑、5時には就活中だったのに6時には通勤してるお姉さん登場www : オレ的ゲーム速報@刃
13py2:

Twitter / @yuukikuroda23: @hiro_mizushima はじめまして、元俳優 …
個人事業税は
http://www.tax.metro.tokyo.jp/shitsumon/tozei/index_c.htm
に該当する業種とすると税率が決まる。(所得控除は290万)

かっこよさげだからデザイン業とすると第三種事業で5%
出版業だと第1種事業で5%

文筆業とかけば「上記リストにないので」0%
そんなん嘘だろという感じだがまじ。
これもまた根強い誤解のひとつなのですが、ソーシャルゲームのヘビープレイヤーは何も騙されて、あるいはサンクコスト効果で後に引けなくなって大金をつぎ込んでいるわけではありません。私自身それなりに実際にお金も使いましたが、お金を注ぎ込んだゲームであっても既に飽きてしまって今は触れていないタイトルも少なくありません。その中にはサービスを既に終えているものもあります。だからと言って後悔とか喪失感とかがあるかといえば、そんなわけはないわけで。もっと言ってしまえば、例えば全盛期に数十万円という単位で注ぎ込んだ格ゲーや、あるいはマジックザギャザリングのようなカードゲーム、更に遡って子供の頃に夢中になったファミコンタイトルたち…これらは今も遊べるかといえばほとんど遊ぶ可能性はないですし、実際手元には何も残っていない。だからと言って後悔なんて微塵も無いですよね。ただ、あの頃は楽しんだなあというほんわかとした思い出だけが残っている。
私の頭の中で、「ヨサコイ」「白い羽織袴」「ヤンキー」「Exile」が結びついた。最近の「和太鼓」や「津軽三味線」も同じ流れに乗っているように思う。私は個人的には「ヨサコイ」と呼んでいるが、「オタク」や「ロリ」と並んで日本のポップカルチャーの二大潮流になっている。「オタク」に関する評論は多いけれど、「ヨサコイ」はあまり語られることはない。その歴史、伝播について誰か本格的な評論を書いてくれないかと思う。

先日、次のような記事があった。

松島さんは、これまで週1、2回スーパーで購入していた480円の刺し身を購入できなくなり、果物も100円のバナナしか買わなくなった加算廃止後の厳しい生活実態を吐露。友人に旅行に誘われても断っているといい、「惨めな気持ちになる」と述べた。

痛いニュース(ノ∀`) : 生存権訴訟 「旅行の回数減らした」「480円の刺身が買えない」「子供の散髪は年数回」 - ライブドアブログ

以前の生活との比較に主眼がおかれているようにも見えるが、ポイントは「惨めな気持ちになる」というところだろう。やはり相対的な基準こそが問題なのだである。他者と比較して十分に与えられない状態というのはつまり、相対的な剥奪を受けている状態なのだ。


このことからわかるのは、すべての人が満足する状況というのは、いまやあり得ないということである。いくら人類が栄え、人々が富み、トリクルダウン効果によって生活水準の最低ラインが向上し、誰しもが食うには困らない状況が実現したところで、相対的な差は厳然と存在する

この相対性に対する絶対化は、情報通信技術の発達によって、(相対的に)貧しい人たちが富める人たちの生活実態を把握する手段を得た時点で不可逆的な流れとなったと思う。情報通信技術が発達した豊かな社会であるほど、格差が問題視されるのだ。つまり、この先いくら経済が発展しようと、生活が良化しようと、格差の問題が解決される可能性はまったくない。

最近、ベーシック・インカムなる社会制度が注目を浴びているようだが、すべての人が最低限の生活を保障されるということは、その生活をしていては差異を確保することができないということである。結局我々は、同制度の導入前よりも更に労働に従事することになるだろう。

世の中には無能が多いと思ってる
 これには三つのパターンが考えられます。
 まず幼児万能感覚でいて、物事を頭の中でしか考えてない人です。それも自分に都合良くしか考えてません。
 こういう人は実務を知りませんから、物事を常識では有り得ないスーパーマンで捉えています。たとえば料理を食べる時は一瞬です。そのための下ごしらえなどの手順を理解してないので、すぐに料理が出てこないと料理人をのろまと感じてしまいます。自分の都合通りにできない人は、すべて無能になります。
 小説であれば読む時は1冊数時間ですから、1週間もあれば書いて出版できるだろうと考えてしまいます。
 まあ、これが子供なら仕方ないのですが、成人してる人の中にも、この感覚でいる人を見掛けます。こういう実体験ないし現場を知らない人は成功にはほど遠い位置にいますので、必然的に失敗します。
 
 二つめは相手に常に完璧を求めるあまり、いつの間にか無能が多いと思い込んでしまう人です。
 こういう人は常にチャンピオンデータ(記録的な成果)を当たり前と思い込み、それができない人は無能と考える傾向があるようです。何故そうなるのかというと、実はこれも無知が原因です。チャンピオンデータには必ず理由があるのですが、それを理解してないために、一方的に相手を無能と決め付けるわけです。
 こういう人はチャンピオンデータ(傍から見れば希望的観測)で計画を立てる傾向があるわけですから、失敗するのも当然でしょう。
 
 上の二つとは違い、自分を優秀だと勘違いしたために、世の中には無能が多いと感じる人もいます。
 要するに謙虚さを失って、天狗になってしまう人ですね。でも、これはお山の大将ですから、自分からもっと高みを目指す気持ちは失われるでしょう。あとは失敗する人生へまっしぐらです。
 こういう勘違いする人で意外と多いのが、教える立場にいる人です。
 当然のことながら、学びに来る人はまだほとんど能力が磨かれてない状態ですから、表向きは自分よりも能力は劣ります。そのため、いつの間にか天狗になって相手を見下すのではないかと思います。
 どうでも良い話ですけど、こういう種類の人が多いと聞かされるのが、自動車教習所の先生なのは何故でしょうね?
若い人が特に勘違いしているのは、自分は会社とか仕事から得るものだけ得て、一番得た時点で次のステップに移っていくのがキャリアアップである、と。実はこれ大きい間違いでして、自分が与えたものと相手からいただいたものの中で、相手にあげた方の大きい場合に、次の仕事につながります。これはアメリカとかヨーロッパの契約社会で非常に重要な考え方で、得たものよりも与えたものの方が多いことが大切なんです。それでこの人間は優秀であるという名声が広がって、きちんとしたお給料なり、それに対する対価をいただいて、次の仕事をもらうという仕組みを作るのが、実はプロとして非常に大切なこと。